スペインの新国王
スペインの国王が退位を表明したのは、ちょうど私が日本にいる時でした。
今回退位したフアン・カルロス一世(在位当時の名前)はスペインに民主主義を根付かせた国王として、長い間人気の国王でした。独裁政治を行ったフランコが直接任命した後継者であった為、フランコと同じ路線を歩むかと思われた時期もありましたが、その後色々な政治家と協力して改革を行い、スペインを現在の民主主義国家として発展させることに大いに貢献しました。(政治家アドルフォ・スアレスについては、以前のブログをどうぞ。)また、1981 年にあった軍部クーデターの際には、軍服を着た国王がテレビに出て国民の平静と軍部の投降を呼びかけた結果、クーデターが収まり、国王の権威がさらに高まったとも言われています。
このフアン・カルロスの妃であるソフィア王妃はギリシャの人ですが、ギリシャの国王の娘として生まれ、スペインの王位継承者であるフアン・カルロスに嫁いで国王の妃となり、今回新国王の母となったことで、新聞によっては「国王の娘、国王の妃、そして国王の母(Hija de Rey, esposa de Rey y madre de Rey)と、王に関する全ての役をこなした女性」として取り上げられたりもしています。ギリシャ人とは言え、とても語学に堪能な女性で、スペイン語も非常に上手に話し、国民に敬愛されています。マドリッドにある三大美術館の一つ、ソフィア王妃芸術センター(Centro del arte Reina Sofía)は、彼女の名前から来ています。
この二人の長男であるフェリペが、今回フェリペ六世(Felipe VI)として即位しました。彼はレティシア・オルティス(Letizia Ortiz Rocasolano) という民間人と2004年に結婚。この女性がニュースキャスターで、しかも離婚歴があるということで当時は非常に話題になりました。容姿端麗で花がある女性なので、こちらの芸能誌でもよく取り上げられていますし、ファッション雑誌等では彼女とイギリスのケイト・ミドルトンを比較することもよくあります。英語の記事では、「ケイトとは反対に、レティシアは報道のプロとしてのキャリアが確立していた為、王子と結婚して何かを得る必要はなかった。」と言った内容も目にします。スペイン人の間では、彼女が美しいという人、非常に真面目なので王妃としては柔らかさに欠けているという人、かなり計算高いという人等色々いますが、最近の王家のイメージを良くする為に彼女の存在は不可欠だと思います。
国王には3人の子供がいます。エレーナ(Elena)、クリスティーナ(Cristina)、そして現国王フェリペ(Felipe)です。
エレーナは哲学や教育学を専攻し、教員資格を取得している上、数々の慈善事業にも参加し、王家の印象を良くしている人の一人です。所謂女性としての花はあまりありませんが、自然体で「国民の近くにいる」という王家のイメージを与えるのに貢献しています。彼女(或いは彼女のスタイリスト?)が公式の場に選ぶ衣装がどれもこれもイマイチなのは残念ですが、人としては非常に良い印象を受けます。
クリスティーナは、イニャキ・ウルダンガリン(Iñaki Urdangarín)という男性と結婚したのですが、何とこの男性がある収賄容疑で逮捕され、彼女も夫の出納を知っていたということで裁判所に召喚されるということがありました。知らぬ存ぜぬを通していた彼女ですが、ウルダンガリン氏があたかも国王家のお墨付きをもらっているかのように振る舞ったこと、その後証拠を隠蔽しようとしたこと、さらには王家が「国王家の核は王、王妃と皇太子家のみで、娘達は別」との策を講じたことから、この件に関係のないエレーナ王女を支持する人達から猛反発を受けたこともあり、王家の評判がかなり落ちました。同じ時期にスペインの経済不況もあったことから、国王への風当たりはかなり強くなりました。ちなみに、今回のフェリペの王位継承には、彼女は全く参加しませんでした。
フアン・カルロスとソフィアの結婚にはかなり政略的な意味合いがありました。その為、公的ではないにしても、それぞれに愛人(または非常に親しい異性の友人)がいることもよく知られていますし、公式行事以外の場では二人はほとんど一緒にいないことは周知の事実です。
加え、2012年に国王がお忍びで象狩りに行ったボツワナで腰の骨を折る大怪我を負うという事件がありました。クリスティーナ王女の夫の収賄容疑に加え、王のこのような行動も国民の不人気に拍車をかけることになりました。
かつての民主主義への移行時期に国王が行った改革を知らない世代が増え、更に王家のスキャンダルや経済危機のニュースばかりが耳に入ってくる現在、国王が退位して王家の若返りをはかるのは避けて通れない道だったのかも知れません。実際、スペイン社会学研究センター(CIS)の調査によると、現在のスペイン王室の人気は、10点満点のうちの3.72点。1995年までは常に7.5点を維持していたことと比較すると、かなり落ちたことが分かると思います。
国王が退位を表明したのは5月末、退位を承認する書類に署名をしたのが6月18日、そして新国王フェリペ6世の国王就任の儀式とパレードが6月19日に執り行われました。新国王は陸軍の正式な軍服に身を包み、陸軍総帥としての腰帯(Fajín de Capitán General)を身につけて登場。議会で誓いの儀式を行い、王宮に到着後に国民に挨拶という流れになりました。
不況が長引くスペインでは、国民の税金を無駄に使うとして王家の存続に反対する人達も多く、マドリッドの一部ではスペインの共和国時代の国旗を掲げて「第三共和国を!」と叫ぶ人達もいました。そのような世相を反映したのか、今回の新国王の演説ではいくつか興味深い点がありました。
1.“Rey Constitucional”:前国王はブルボン家の血筋を引く由緒正しい家柄とは言え、独裁者のフランコに直接任命された王でした。そのお陰でスペインの民主化がスムーズに進んだという見方もありますが、国民によって選ばれた王とは言えませんでした。今回のフェリペ6世は、民主化の象徴である1978年制定の憲法を尊重し、それに基づいて選ばれたことに責任を持ち、国民の信頼に応えたいとのメッセージを送っていました。
2.国民への共感
「不況」「失業」という言葉を直接使う代わりに、「今回の経済危機の影響で、時には個人の尊厳を傷つけられた国民もいましたが、その人達に寄り添い、その気持ちを分かち合いたい」と言った内容が演説に盛り込まれていました。(スペイン語だと非常に美しいのですが、私の稚拙な訳ですみません。)この、国民と分かち合うという国王の姿勢は、このような時期には不可欠の要素だと思います。
3.経済の活性化
この不況を抜けるための経済の為に、「イノベーション、創造力、起業のイニシアチブ(la innovación, la capacidad creativa y la iniciativa emprendedora)を不可欠な要素として挙げていたのが印象的でした。日本の皇族よりもかなり立ち入ったコメントをした点、元来スペインが強かった分野を再度国民に想起させたという点で、この言葉もなかなか興味深かったです。
これからのスペイン王家の外交がどうなるか、そして、今まで比較的控え目にしていたレティシアがどのような王妃として外交に携わるか、これからちょっと楽しみです。
Harukiさま
カルロス国王の退位、そして新国王フェリペ6世の即位に関して、わかりやすくまとめてくださって
有難うございます。日本のTVではほんの少ししか取り上げられなかったので、こうして詳しく書いてくださると嬉しいです。
新しいスペイン国王夫妻という立場は大変でしょうが、レティシアさんはなかなか気丈な方のようですし、
王妃の役割もきちんとこなせそうですね。
ところで、フェリペ6世夫妻には二人のお嬢さんがいらっしゃいますが、次の国王が女性ということも
あり得るのでしょうか。それとも、誰か王室の男性が国王になられるのでしょうか?
Jasminさん、
メッセージをありがとうございます。
現在のスペイン王室の第一王位継承者は、フェリペ6世の長女です。
スペインでは、既に「王家の男性が国王にならなければいけない」という考えはありません。
ただ、そういうことがあるせいか、「日本では、未だに男性しか皇位を継承することができないなんて、男尊女卑だ」というコメントをこちらでよく耳にすることがあります。
私は特に皇室支持者という訳ではありませんが、日本の歴史や万系一世といった考えもありますので、簡単に「男女平等」という観点のみで議論することは難しいと思いますが、こんな所にもお国柄が出るのかもしれませんね。
Harukiさん
やはり、フェリペ6世の長女が王位継承者なのですね。
日本の皇室とは歴史も違うのでなかなか比較は難しいと思いますが
ヨーロッパから見ると日本の皇室は少し特異に感じられるのかもしれませんね。
いろいろとご多忙にも関わらず、
私の質問にお答えくださってありがとうございました。
育児とお仕事でお忙しい毎日をお過ごしでしょうけれど、
お体くれぐれもお大事にお過ごしくださいね。